murasehisariの写真屋さん日記

学校アルバムの仕事をメインに街の写真屋さんでお仕事してるmurasehisariの日々是徒然日記です

画家の方のメガネ

昨日、絵を観に行ってきてからもう10年以上前に店にいらしたことのある方のことをポツリポツリと思い出している。市内在住の自宅にアトリエを持っている画家の方のことだ。
10年・・・いやー13〜4年前になるかもしれないが、その頃まだ私はメガネの加工を覚えたてで、機械任せの部分は何とかこなせたが手摺りで仕上げる最後の仕上げ(レンズのエッジ取り)がようやくむらなく出来るようになった状態だったと思う。だから駆け出しの頃、なんだけれど、その方は私よりも当時で10歳まで年齢差があったのかな?ちょっと年齢不詳のような印象の方だった。以前から何度か店でメガネを作ってくれているのは顧客記録からわかったが私が勤めだしてからはその時がはじめていらしたときだった、それまで顔を見た覚えがなかったからだ。そういえば、その後は今に至るまで来店されていないなぁ。
で、その方が「これでメガネを作ってくれ」とずいぶん古い、四角い紙の袋に入ったガラスレンズを差し出して、オーソドックスな黒のセル枠に入れて欲しいとお願いされたのだ。そのレンズは見たこともないような急カーヴを描いていて、レンズそのものも一般の窓ガラスと同じような何のコーティングもされていないものだった。今でこそ通常のメガネレンズは乱反射防止コートといってガラスでもプラスチックでも光に当てて角度を変えると場合によっては緑色とか、紫色とか、レンズ自体は無色なのに光だけ色をつけて反射するレンズがあるのだけれど、昔はノンコートといって乱反射防止コートの掛かっていないレンズの販売されていた。て言うか、それがレンズの初めで今は技術が上がったからさまざまなコーティング(乱反射防止コートや防塵・防汚コート・フォグレスコートなど)が掛けられる訳だけれど、その乱反射防止コートは一般的になってから20年以上にはなるんじゃないだろうか?余談だが非球面レンズだってだって20年以上たつものね、初めはプラスの度数しか販売されなくて、なぜマイナスレンズは非球面の必要性がないと判断されたんだって、お客様に言われて困ったことがありました。現在だと両面非球面まで出てきてるわけだから、技術はすごく発展したんだなぁ、と思います。
だからその方がいらした当時でも、乱反射防止コートの中でもマルチコート(多層コート)が主流でノンコートレンズは姿を消しつつあった頃なんですね。今は日本中探せばどこかで作ってるかもだけど、ウチの店の取引先では作ってないですね。
持ち込まれたレンズは、加工機にかけてヤゲンたて(枠ありフレームに入れるために作るレンズの周囲の三角にとがった部分)の溝に嵌まるかどうかちょっと難しいくらいの状況で、最近のハイカーヴレンズなんてもんじゃないくらいだったんですが、どうしてもと仰るのでお預かりすることになりました。たぶん年代もののレンズなんだと思います、「これはもう手に入らないから」とご自分で仰ってたので預かったこちらも恐々加工することになりました。とにかく厚みがあるし度数が乱視もかなり入っていて元々のレンズのカーヴばかりじゃなく、乱視の度数のおかげのカーヴもあったんですね。私は加工機の溝からずれないように見ているのが精一杯だったんですが、社長が仕上げをやってくれて手摺り機でエッジ取りをしているときにレンズカーヴがきつすぎて大事な全面部分に摺り痕がはいってしまうかもと思うくらいの迫り具合だったんですね。そこの四苦八苦してたのは鮮明に覚えてますね。
今にして思うと、なんでそのレンズにこだわったのかは「見え方」なんだと思うんですね。その前にも作っていただいてたメガネがあってそれは最新式の乱反射防止コートが掛かっている、一般的に言ったらにじみのないすっきり綺麗に見えるレンズを使用したんですが、それだと光の見え方が違う、といわれたのを思い出したんです。
光の見え方とはなんだろう。コーティングを通してみると、私が今感じているように全く何もさえぎるものがないように見えるこの状況がその画家の方の目を通してみると光が入ってこないということになるのかもしれない。また、レンズの持つアッべ数とかも関係しているのかもしれない。アッべ数とは光の色分散を数値で表したもので、アッべ数の大きなレンズほど色の分散が少なく小さくなると分散する、見えるものの端に赤や青の光のにじみが見えることになる。近頃のレンズは屈折率が高く薄く出来るようにはなっているけれど、その分アッべ数が小さくなっている。なのでガラスレンズのアッべ数の大きいものに比べると、プラスチックの超薄型レンズのアッべ数の少ないものは厳密に言うとものの見え方が違う、ということになる。でもこれはほとんど感じないし何千倍にも拡大しないとわからない程度のものなのだけれど、でも、それを感じる人だっているのかもしれない。
乱反射を抑えていない、光が縦横無尽に反射する、にじみのないレンズを通してみた世界は一体どんなものなんだろう。それをどう感じるかで自分にとって必要か必要でないかがわかれるんだと思う。肉眼で見るのと同じ世界をレンズを通して作り出す方向にメーカーは進んでいるのだけれど、「光を見る」というのはその対極を行くんだろうな、と感じている。